採用から退職後までカバー 市場、成長余地大きく
今年4月の法施行もあり、ますます加速する働き方改革。終身雇用の見直しや脱年功序列など日本型の雇用形態や働き方は大きな転換点を迎えている。「ワークスタイル あすの現場」では、会社生活の様々な場面を変える可能性を秘めた新しい技術や制度を探っていく。第1部はクラウドやAI(人工知能)などの最新技術を採用や人事などに生かす「HRテック」の現場を追う。
「HRテックはビジネストランスフォーメーション(事業変革)のど真ん中にある」。7月5日、都内で開かれたHRテックに関する総合イベント「ジャパンHRテックカンファレンス」で、平井卓也科学技術相は強調した。イノベーションの源泉である人材に関するあらゆる場面でHRテックが果たす役割は大きいとみる。
クラウドを駆使
HRテックは人事を意味する「Human Resources(ヒューマンリソース)」の頭文字とテクノロジー(テック)を組み合わせた造語だ。これまで人事部門などの「ヒト」が担い、半ばブラックボックスとなっている部分をデータを軸にしたテクノロジーに置き換え、有効活用や効率化につなげる。
クラウド型のサービスが多く、初期投資が抑えられ、法改正などに対応しやすいのも特徴だ。採用から人事評価、労務、研修、離職防止、退職後のネットワーク構築までカバーする領域は広い。
ジャパンHRテックカンファレンスは人材サービスのウィルグループなどが初めて開催。人材関連やネット関連企業などのトップ、人事担当者らがHRテックの未来や活用法について議論した。最近はこうした「HRテック」を冠した会議や展示会が続々と開かれており、企業関係者の関心の強さをうかがわせる。
深刻な人手不足や働き方改革関連法の施行などで、人事業務に対する関心はかつてないほどに高まっている。人事部門などの限られたマンパワーを有効活用し、効率的で効果的な人事施策を進めたいという要望は増える一方だ。
なかでもHRテックの活用による「人事の見える化」への期待は大きい。ウィルグループの坂本竜執行役員も「数値化して測定できるようにするのがHRテックの重要なポイント」と指摘する。
採用から人事評価、社員の配置などを「なんとなく」で決めている企業は依然として多い。社員らの様々な情報をデータとして把握できれば、業界標準や他社との比較も容易になり、改善にも取り組みやすくなる。
メリットは企業側だけではない。働く人たちにとっても、データを活用することで自らの能力アップへの取り組みや働き方の見直しにつなげることができる。
採用や社員教育、入社・労務など人事関連の市場規模は2兆円を超えるとされる。このうちHRテックが占める部分はまだ小さいが、潜在的な需要は大きい。
業界は群雄割拠
ミック経済研究所(東京・中央)によると、ビッグデータ解析やAIなどを使ってクラウドで人材を管理する「HRテッククラウド」という分野だけでも、2018年度の市場規模は前年度比39・7%増の約250億円。23年度には1千億円以上になるとみる。
市場拡大を見越して、新たな発想や技術を引っさげて参入するスタートアップも相次ぐ。中小企業を中心に人事評価システムを提供する、あしたのチーム(東京・中央)もそうした1社。高橋恭介社長は「中小向けは市場拡大の入り口段階」とさらなる事業拡大に向けて意気盛んだ。
冒頭のカンファレンスを主催したウィルグループは自社の人事関連サービスに加え、HRテックのスタートアップに投資するファンドも運用する。
HRテック業界は群雄割拠とも言える状況だが、2つの大きな流れが生まれつつある。キーワードは「一気通貫」と「連携」だ。
エン・ジャパンは採用関連サービス「engage(エンゲージ)」を手始めに、タレントマネジメントや離職防止など提供範囲を広げる。同じ企業が一気通貫のサービスを提供すれば、人材データベースを生かしやすいという発想だ。
ネオキャリアも「jinjer(ジンジャー)」の名称で、人材管理から勤怠、労務など幅広くカバーするサービスを提供する。今後は給与管理も加える計画という。
人事業務では同じ社員のデータを様々な場面で活用できる方が使い勝手が良い。1社で網羅的に使えるサービスに対して、企業間連携で対応する動きも進む。
人材管理のカオナビは6月、「コネクテッドパートナープログラム」という連携・協業事業を始めると発表した。リクルートキャリアやマネーフォワード、HERP(東京・品川)など約20の有力HRテック企業とそれぞれが持つデータを連携させることができるようになる。
人事や総務など限られた部門の人たちが紙や簡易なソフトウエアを使って人事情報を管理していた時代はもうすぐ過去のものになる。これからは多くの人が会社生活のあらゆる場面でHRテックとかかわっていくことになりそうだ。