2020年卒学生の就職活動は終盤に近づいている。令和時代最初の就活は前倒しがさらに進み、エントリーシート(ES)の是非が問われたり、就職情報サイト「リクナビ」を巡る問題が浮上したりした。学生、企業、大学を取材してきた就活探偵団の探偵(記者)と団長(デスク)が今シーズンを振り返った。
団長 今年はゴールデンウイーク(GW)が異例の10連休だった。
探偵A 前倒しが進んだ一因になったと思う。ディスコによると、6月の選考解禁を待たずに面接を開始した企業は約9割。この数字は昨年とほぼ同水準だが、企業の「内定出し」の時期が顕著に違う。今年の最多は「4月下旬」で、昨年最多の「6月上旬」よりもさらに早まった。
探偵B GW直前の4月26日に学生に取材したが、多くが複数の内定を持っていた。中には7社も持っていた学生がいて驚いた。企業側が内定者をつなぎ留めるSNS(交流サイト)コミュニティーや懇親会を設けるケースもあり、内定先との付き合い方に悩む声をよく聞いた。
団長 複数の内定を持つ学生が多かっただけに、内定辞退についてもいろいろ話題になった。内定辞退のやり方を学生にセミナー形式で教えている大学もある。
探偵A オヤカク(企業から親への確認)という言葉も今年はよく聞いた。東海地方のある企業の担当者は「『親に反対されたので辞退したい』という学生が予想以上に多くて困った」とこぼしていた。「会社の知名度が低い」「転勤があるのは困る」などと親が子に言うらしい。
団長 「3月説明会解禁、6月選考解禁」という経団連ルールは20年卒で最後。21年卒以降はどうなるのかな。
探偵A 経団連に代わって政府がルールを策定することになったが、当面は現状維持のようだ。ただしルールはすっかり形骸化している。経団連企業ですら、表向き「解禁日を守る」というスタンスをとりながら、実際には「面談」などと称して選考をしていた。就活は社会への第一歩。それなのに「いい大人が学生に平気でウソをついている」と大学キャリアセンターの担当者はあきれ顔だった。
■「五輪」の影響は?
団長 来年は夏に東京五輪・パラリンピックが開催される。
探偵B あおりを受けるのは中小企業や、BtoB(企業間取引)企業ではないか。彼らは大手の採用活動が一巡した6月中旬からが勝負の時期。五輪の開会式(7月24日)が近づくと、首都圏では交通機関やホテルの混雑が予想される。選考や説明会の場所も確保しにくい。「五輪までに終えたい」という考えが採用スケジュールに影響するかもしれない。
探偵A ナビサイトの大手事業者も、来年3月以降に開催する合同会社説明会が「例年と同じ規模では開催できない」とこぼしていた。代わりに3月以前のインターンシップ向け説明会を増やして対応するケースがあるかもしれない。
団長 今年は例年以上にESが注目されていたね。
探偵B 就活サイトを運営するワンキャリア(東京・渋谷)が3月に、実際にITなど大手企業の選考を突破したESを公開して話題を集めた。人事担当者は「そこまでおおっぴらにやっていいのか」と驚いたりあきれたりしていた。
探偵A ワンキャリアは巨大広告を掲げたことでも注目を集めた。単なる話題づくりにとどまらず、ESの是非に一石を投じた意味は大きかった。ESを書くには1枚につき数時間かかる。第1志望ともなれば、OB・OGに添削してもらうなど何日もかけて仕上げる。負担が大きい割には「テンプレート化していて学生の個性が見えない」という指摘もあり、疑問視されていた。
団長 今年は就活支援ビジネスの様変わりを強く感じた。リクナビやマイナビなど「ナビサイト」のビジネスモデルが転換点を迎えている。その一方で、社員が推薦する「リファラル採用」や、学生がプロフィルを公開して企業からの連絡を待つ「逆求人サイト」がますます広がった。
探偵A 逆求人サイトはこれまでは主に中小企業の利用が多かったが、NTT東日本や日産自動車など大手企業も使い始めた。待ちの姿勢では大手であっても学生がなかなか集まらない。
探偵B ナビサイトがなくとも企業と学生がつながることはできる。採用に力を入れる企業は自社サイトが充実している。ある広告代理店はナビサイトを経由しない自社サイトのエントリーが増えたと言っていた。
■口コミサイト人気
団長 こうした状況の中で、リクナビを運営するリクルートキャリアが、学生の同意を得ずに「内定辞退率」の予測データを企業に売っていた問題が判明した。
探偵A 今回の問題は個人情報やデータ利用を巡るさまざまな課題をはらんでいる。驚きだったのが内定辞退率の購入企業の顔ぶれだ。不人気どころか人気企業が並んでいる。購入しなかった企業の関係者に聞いてみたが、内定辞退率は「もらえるならほしい」というのが本音だった。
団長 学生はどう受けとめているのかな。
探偵B 反発や戸惑いの声が多かった。自分の知らないところでデータが分析され、「商品のように扱われて気持ちが悪い」「もしも合否判定などに使われていたら許せない」といったコメントがあった。これによって「リクナビ離れ」が進む可能性もある。
団長 知名度の低い企業や中小企業にとっては、ナビサイトは学生に訴求する重要なツール。中にはナビサイトを経由しないとエントリーできない企業もある。
探偵A 今年は「ナビサイトを全く使わずに就活し、希望通りに内定を獲得した」という学生も複数取材した。コンサルや商社などの人気企業を目指す「意識が高い」学生の間にそういう声が多かった印象がある。
探偵B ナビサイトは企業の広告費で運営されている。学生の中にはナビサイトで得られる情報について「企業にとって都合がいい話しか書いていない」などと疑問を感じている人もいる。いわゆる「口コミサイト」が人気を集めているのも同じ理由ではないか。学生はもっとリアルな情報を求めている。
団長 もちろん情報の真偽を見極める必要はあるが。こうした流れがさらに広がるかもしれない。今は売り手市場で学生の立場が強い。これまで当たり前だった就活のビジネスや慣習に、学生が「NO」と言える空気がある。何年か後で振り返った時、19年は就活のあり方が変わった節目になるのではないか。